「うちは20人程度の旅館だから、そもそもストレスチェックなんて先の話」「フロントは24時間体制で、全員を同じタイミングで集めるのが難しい」——宿泊業の経営者や総務担当者から、こうした声をよく聞きます。インバウンド需要が回復し稼働率が戻ってきた一方で、現場は深刻な人手不足のまま繁忙期を迎えている宿泊施設が少なくありません。2028年4月1日には、これまで努力義務だった従業員50人未満の事業場にもストレスチェックの実施が義務化されます。宿泊業は深夜のフロント業務や宿直体制、外国人材の活用、複数施設・季節雇用など他業種にはない事情を抱えており、「誰を対象に、いつ実施すればいいのか」で迷いやすい業界です。この記事では、宿泊業特有の課題に絞ってストレスチェックの実務を解説します。
宿泊業でストレスチェックへの対応が急がれる理由
厚生労働省の「令和6年雇用動向調査結果の概況」によると、宿泊業・飲食サービス業の離職率は18.1%で、全産業平均14.2%を大きく上回っています。人手不足が続く中でさらに人が辞めていくという悪循環に陥りやすい構造があり、メンタルヘルス対策は採用対策と並ぶ経営課題になりつつあります。
精神障害の労災についても、令和6年度「過労死等の労災補償状況」では「宿泊業、飲食サービス業」区分の支給決定件数が28件(前年度25件)と増加しています。対人サービスを担う業種特有の背景として、顧客対応にともなう感情労働の負担や、著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)を受けるリスクの高さが指摘されています。宿泊業は不特定多数の宿泊客と直接接する時間が長く、繁忙期にはクレーム対応が集中しやすいため、こうしたストレス要因への目配りが欠かせません。
背景にあるのが、深刻な人手不足です。宿泊需要が回復する一方で現場の人員が追いつかず、一人あたりの業務負荷が増している施設は多いはずです。人手不足を理由に対策を後回しにするほど離職が進み、さらに人手不足が深刻化するという悪循環を断ち切るためにも、早めの着手が望まれます。
宿泊業特有の3つの課題
深夜フロント・宿直体制とストレスチェックの実施時期
宿泊業は24時間体制のフロント業務や、夜間の見回り・緊急対応を担う「宿直」勤務が発生しやすい業種です。労働基準法41条3号では、労働時間の大半を待機として過ごし「ほとんど労働する必要のない」勤務については、労働基準監督署長の許可を得れば労働時間・休憩・休日の規定を適用除外にできます(宿日直許可)。ただし、実際にはフロント対応や電話応対が頻繁に発生し、実態として通常の労働に近い場合は宿直としての適用除外は認められず、通常の労働時間として扱われます。
この点は、ストレスチェックの実施時期を考えるうえでも無視できません。夜勤・宿直を含むシフトが不規則な従業員は、実施日に日中勤務者と同じタイミングで回答できないケースが出てきます。オンラインで回答できるツールを使えば、各自の勤務シフトに合わせて期限内の都合の良いタイミングで回答してもらう運用がしやすくなります。
外国人材への案内・言語対応
宿泊業では、特定技能「宿泊」による外国人材の受け入れが進んでいます。この制度は2019年4月に特定技能1号として新設され、2023年6月には熟練した技能を持つ人材を対象とする2号も追加されました。フロント、企画・広報、接客、レストランサービスなど幅広い業務に従事できるため、宿泊業の人手不足対策として活用が広がっています。
ストレスチェック制度自体は国籍を問わず、雇用契約を結んでいる労働者であれば外国人材も対象になります。ただし、日本語の質問票をそのまま使うと、内容が正しく伝わらず回答の質が下がるおそれがあります。ストレスチェックを実施する意義や結果の取り扱い(不利益な取り扱いをしないこと)を、やさしい日本語や多言語の説明資料で事前に案内しておくことが望まれます。厚生労働省の「こころの耳」サイトでは多言語版のセルフチェック資料も公開されているため、参考にすると準備の負担を減らせます。
複数施設・季節雇用者の実施単位の数え方
複数の温泉旅館やホテルを運営するグループ企業では、実施単位の数え方に注意が必要です。ストレスチェックの実施義務は「事業場」単位で判断されるため、法人単位ではなく施設・支店ごとに常時使用する労働者数を数えるのが原則です。1つの施設が50人未満でも、法人全体では50人を超えている場合があるため、まず自社の施設構成と各施設の従業員数を整理することが最初のステップになります。
また、繁忙期のみ雇用する季節従業員やパート・アルバイトについては、「雇用期間が1年以上見込まれること」「週の労働時間が通常の労働者の4分の3以上であること」などの要件を満たすかどうかで対象・対象外が分かれます。年によって雇用形態が変わりやすい宿泊業では、実施のたびに対象者リストを見直す運用が必要です。
50人未満の宿泊施設が実施する際の実務ステップ
2028年4月1日の義務化に向けて、50人未満の宿泊施設が準備すべき流れは次のとおりです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1. 実施単位の確認 | 施設・支店ごとの従業員数を整理し、事業場単位で対象施設を確定する |
| 2. 対象者の洗い出し | 正社員に加え、パート・季節従業員のうち要件を満たす人を対象者リストに含める |
| 3. 実施体制の整備 | 産業医が不在の場合は外部委託サービスや地域産業保健センターを活用する |
| 4. 多言語対応の準備 | 外国人材向けにやさしい日本語・多言語の案内資料を用意する |
| 5. 実施時期・方法の決定 | 繁忙期を避け、シフト制の従業員も回答しやすいオンライン方式を検討する |
50人未満の事業場については2029年3月31日までに初回の実施を完了させる経過措置が設けられていますが、繁忙期の対応に追われて準備が後回しになりやすい業界だからこそ、比較的落ち着いている時期に前倒しで着手しておくと安心です。
離職防止との接続
宿泊業の離職率の高さを踏まえると、ストレスチェックは法令対応にとどまらず、離職防止策としても位置づけられます。ストレスチェックの集団分析結果は、部署やシフトパターンごとの負荷の偏りを可視化する手がかりになります。たとえば夜勤シフトの従業員のストレス反応が高い場合、勤務体制の見直しや人員配置の調整につなげることができれば、離職の芽を早期に摘むことにもつながります。人手不足の解消を採用活動だけに頼るのではなく、今いる従業員が辞めない職場づくりの一環としてストレスチェックを活用する視点が大切です。
FAQ:宿泊業のストレスチェックでよくある質問
Q1. 繁忙期だけ働く季節従業員はストレスチェックの対象になりますか?
雇用期間が1年以上見込まれ、週の労働時間が通常の労働者の4分の3以上であれば対象になります。数ヶ月限定の短期雇用で上記要件を満たさない場合は対象外となることが多いですが、契約更新を繰り返して実質的に1年以上雇用している場合は対象になり得るため、契約内容を確認しておきましょう。
Q2. 外国人材にはどのように実施すればよいですか?
日本語の質問票をそのまま使うのではなく、実施目的や結果の取り扱いについてやさしい日本語や多言語の資料で事前に説明することが望まれます。厚生労働省「こころの耳」の多言語資料も活用できます。
Q3. 複数の旅館・ホテルを運営していますが、実施単位はどう数えますか?
法人全体ではなく、施設・支店ごとの「事業場」単位で常時使用する労働者数を数えます。1施設が50人未満でも、法人合計で判断するわけではない点に注意してください。
Q4. 産業医がいない旅館でも実施できますか?
50人未満の事業場には産業医の選任義務がないため、外部委託サービスや地域産業保健センターを実施者として活用するのが一般的です。地域産業保健センターは50人未満の事業場向けに面接指導などを無料で提供しています。
Q5. 費用はどれくらいかかりますか?
外部委託の場合、従業員1人あたり年間500〜3,000円程度が相場です。実施方法別のコスト比較は外部委託と自社実施のコスト比較記事でも詳しく解説しています。
まとめ
宿泊業のストレスチェックは、深夜フロント・宿直体制、外国人材の活用、複数施設・季節雇用といった業界特有の事情が絡み、「誰が対象で、いつ実施するか」の整理が最初のハードルになります。離職率の高さや精神障害労災の増加傾向を踏まえると、法令対応としてだけでなく、人手不足のなかで今いる従業員に長く働いてもらうための施策としても位置づけられます。
Smart Stress Checkは、オンラインで完結する簡単なストレスチェックツールで、シフトが不規則な従業員でもスマートフォンから都合の良いタイミングで回答できます。産業医が不在の中小宿泊施設でも導入しやすい設計になっているので、2028年の義務化に向けた準備の第一歩として検討してみてください。