「案内は出したのに、受検率がなかなか上がらない」——ストレスチェックの実施を担当する人事・総務担当者からよく聞く悩みです。受検は労働者の自由意思に委ねられているため、事業者側からできることは「強制」ではなく「受けやすくする工夫」に限られます。この記事では、受検率が低いと何が困るのか、受検率が伸び悩む典型的な原因、そして50人未満の会社でもすぐ実行できる具体策を、厚生労働省の資料に基づいて整理します。
受検率が低いと何が困るのか
受検率の低さは、単に「まだ受けていない人がいる」という話にとどまりません。実務上、次の2点に直結します。
集団分析の精度が落ちる、または実施できなくなる
ストレスチェック指針では、部署単位などで集団分析を行う際、集計・分析の単位が10人を下回る場合は、対象者全員の同意がない限り事業者に結果を提供してはならないとされています。受検率が低い部署は、在籍者が10人以上いても実際の回答者が10人を切ってしまい、同意取得ができなければ集団分析の結果自体が事業者に届かないという事態が起こります。
偏った集団を分析することになる
厚生労働省の資料でも「受検率が低くなると、その後の集団分析が偏った集団を分析することになり、誤って解釈してしまうことになる」と指摘されています。ストレスを強く感じている人ほど回答を後回しにしがちなど、回答者に偏りが生じやすいためです。実施した労働者数のうち実際に受検した割合が「約8割を超える」事業場は77.5%にとどまり、8割未満の事業場も20.5%存在します(令和4年3月・厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」)。裏を返せば、8割という水準は決して当たり前に達成できる数字ではなく、意識的な働きかけがあって初めて届く水準だということです。
受検率が上がらない典型的な3つの原因
現場でよく見られる原因は、次の3つに集約されます。
| 原因 | 実際に起きていること |
|---|---|
| 周知が1回だけで終わっている | 案内メールを1通送って終わり、締切間際にリマインドがない。後回しにした人がそのまま忘れる |
| 回答時間が業務中に確保されていない | 「空いた時間にお願いします」という案内のみで、業務の合間に15分程度の時間を取ってよいことが伝わっていない |
| 結果が誰に見えるか伝わっていない | 「結果は人事に見られるのでは」という不安が解消されないまま、後回しにされる |
このうち最も改善効果が大きいのは3つ目です。個人の結果は実施者と本人以外には開示されない仕組みになっていますが、この説明が案内文に明記されていない事業場は少なくありません。不安が解消されないまま案内だけを繰り返しても、受検率は伸びにくいのが実情です。
50人未満の会社で効く具体策
50人未満の会社は産業保健スタッフが常駐していないことが多く、大企業のような手厚い体制は組みにくいのが実情です。ただし、厚生労働省の事例集でも、体制が小さいことは受検率の低さに直結しないと報告されています。実際、労働者数49人以下の単独事業場で、定期健康診断と同日にストレスチェックを組み込んだ結果、毎年9割超の受検率を維持している事例もあります。以下は、体制が小さい会社でも実行しやすい具体策です。
周知のタイミングと回数を増やす
開始案内・締切1週間前・締切前日の最低3回に分けて周知すると、後回しにしていた人を拾いやすくなります。全社一斉メールに加えて、部署の朝礼や日報など、すでにある連絡経路に乗せると負担が増えません。
業務時間内に回答時間を確保できることを明示する
「勤務時間中に15分程度、席で回答して差し支えありません」と案内文に一文入れるだけで、後回しにする心理的なハードルが下がります。特に現場作業が中心で自席にPCがない従業員には、共有端末や紙の調査票を使える時間帯をあらかじめ決めておくと効果的です。
プライバシーの説明を、受検を促す前に出す
「個人の回答は実施者と本人以外には共有されません」という一文を、受検を呼びかける文言より前に置きます。順番を変えるだけで、不安が先に解消された状態で案内を読んでもらえます。
部署単位で声かけを担ってもらう
人事・総務からの一斉案内だけでなく、各部署の管理監督者からも一声かけてもらうと反応率が上がります。「あなたの部署は集団分析の対象なので、できるだけ多くの人に受けてほしい」という具体的な理由を添えると伝わりやすくなります。
締切延長の基準をあらかじめ決めておく
締切間際になって「あと数人足りないのでどうするか」を都度判断していると、対応が後手に回りがちです。「受検率が8割に届かない場合は1週間延長する」のように、事前に基準を決めておくと、担当者の判断負担が減ります。
未受検者への対応でやってはいけないこと
受検はあくまで労働者の自由意思に委ねられており、法律上の義務ではありません。厚生労働省の資料でも「ストレスチェックを受けるか否かは、最終的には労働者の判断による」とされています。そのため、受検を強く迫ったり、受検しなかったことを理由に不利益な取扱い(懲戒処分や配置転換など)を行ったりすることは、ストレスチェック指針で明確に禁止されています。
受検拒否への具体的な対応方法(声かけの言い方や記録の残し方など)は、「受けたくない」と言われたときの対応で個別ケースとして詳しく解説しています。本記事は全体の受検率を運用でどう底上げするかに焦点を当てているため、個別対応で迷った場合はあわせてご覧ください。
受検率の目安をどう置くか
「受検率は何%を目指せばよいか」という質問をよく受けますが、絶対値の目標だけを追いかけるのはおすすめしません。理由は次の2点です。
まず、業種や職場環境によって出やすい水準が異なります。厚生労働省の調査では、受検率が「約8割を超える」事業場は全体の77.5%で、100%の事業場も15.7%存在する一方、80%未満にとどまる事業場も20.5%あります。自社の受検率がどの位置にあるかを知ることは有効ですが、他社の平均値をそのまま目標に置き換える必要はありません。
それよりも実務上意味があるのは、前年比と部署間の差の2つです。前年より受検率が下がった場合は、周知方法や実施時期に変化がなかったかを振り返る材料になります。また、特定の部署だけ受検率が低い場合は、その部署の業務繁忙や管理監督者の周知姿勢に原因があることが多く、集団分析の結果と合わせて確認する価値があります。絶対値の目標を掲げるより、この2つの軸で毎年比較していくほうが、実務の改善につながりやすいというのが実情です。
FAQ
Q1. 受検率が低いと、労基署への報告書はどう書けばよいですか。
A. 労基署へ提出する実施報告書には、対象者数とストレスチェックを受けた労働者数を記載します。受検率が低いこと自体は報告書の記載事項として問題になるものではなく、実施義務を果たしたかどうか(実施したかどうか)が問われます。ただし受検率が低いままでは集団分析や職場環境改善に活用しづらくなるため、次年度に向けた改善の検討材料としてください。
Q2. 受検率100%を目指すべきですか。
A. 目指すこと自体は問題ありませんが、受検が労働者の自由意思である以上、強制と受け取られる働きかけは避ける必要があります。100%の事業場は15.7%存在しますが、多くの事業場は80〜100%の範囲に分布しています。無理に100%を追うより、受けやすい環境を整えることに力を割くほうが結果的に受検率も上がりやすくなります。
Q3. 産業医がいない会社でも、受検率を上げる工夫はできますか。
A. できます。周知の回数やタイミング、業務時間内の回答時間確保、プライバシーの説明といった工夫は、実施者を外部委託している場合でも事業者側(実施事務従事者)で対応できる範囲です。産業医がいない場合の実施体制については、地域産業保健センターなどの公的な窓口も活用できます。
Q4. パート・アルバイトも受検率の計算対象に入れますか。
A. ストレスチェックの実施義務の対象は、契約期間が1年以上などの要件を満たす労働者です。対象要件を満たさないパート・アルバイトは、そもそも実施義務の対象外になるため、受検率の計算に含める必要はありません。自社の対象者の範囲は、雇用契約の内容に応じてあらかじめ確認しておくとよいでしょう。
Q5. 受検率が低い年があった場合、翌年の実施方法を大きく変えるべきですか。
A. 1年だけの数値で実施方法を大きく変える前に、まず「周知の回数」「回答時間の確保」「プライバシーの説明」の3点が案内文にきちんと盛り込まれていたかを振り返ることをおすすめします。多くの場合、実施方法そのものより、この3点の運用を見直すだけで改善が見られます。
まとめ
受検率を上げるための工夫は、体制の大きさよりも運用の細部に左右されます。
- 受検率が低いと、集団分析が10人未満になって結果が提供されない、または偏った集団を分析することになる
- 周知は1回で終わらせず、締切前のリマインドを含めて複数回行う
- 業務時間内に回答できることを案内文に明記する
- プライバシーの説明は、受検を呼びかける文言より先に出す
- 受検率の目標は絶対値より、前年比と部署間の差で見る
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参考にした主な一次情報
- 厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」(令和4年3月)
- 厚生労働省「ストレスチェック制度の実施状況」(労働基準局安全衛生部調べ)
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」
- 厚生労働省「ストレスチェック制度関係 Q&A」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事業場における法令上の判断については、所轄の労働基準監督署、産業保健総合支援センター、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。