人手不足倒産が過去最多を更新する中、運送業は特に深刻な人手不足に直面している業種の一つです。東京商工リサーチの集計によれば、2026年7月の人手不足倒産は63件と過去最多を記録しました。ドライバーが一人辞めても代わりが見つかりにくく、残った乗務員の配送量や残業がさらに増える——この悪循環を断ち切るためにこそ、運送業ではストレスチェックの重要性が増しています。この記事では、点呼・出庫時間のばらつきや傭車ドライバーの扱いなど、運送業特有の事情を踏まえた実務対応をFAQ形式で解説します。
運送業でストレスチェックへの対応が急がれる理由
運送業は、精神障害・脳心臓疾患のどちらの労災でも高いリスクが確認されている業界です。厚生労働省が公表した2024年度「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害の労災請求件数を業種の中分類でみると「道路貨物運送業」は145件・支給決定69件で、「社会保険・社会福祉・介護事業」(589件・152件)、「医療業」(389件・118件)に次いで全業種の中で3番目に多くなっています。さらに脳・心臓疾患に関する事案では、「道路貨物運送業」が請求155件・支給決定76件と、全業種の中分類の中で最も多い件数を記録しました。長時間労働と強い身体的負荷が重なりやすい業種であることが、この数字にも表れています。
背景の一つが、2024年4月1日に適用された改善基準告示の改正です。トラックドライバーの拘束時間は原則1日13時間以内(延長する場合も最大15時間)、1か月284時間以内(最大310時間、年6回まで)、休息期間は継続9時間以上確保することが求められるようになりました。長時間労働の是正という点では前進ですが、荷主都合の待機時間や急な配送依頼が減らないまま拘束時間の上限だけが厳しくなると、少ない人数・限られた時間の中で業務を回さざるを得ない現場も出てきます。労働時間管理の適正化とメンタルヘルス対策は、運送業においてはセットで進めるべき課題です。
さらに深刻な人手不足が、既存ドライバー一人ひとりの負荷を押し上げています。新規採用が思うように進まない中で退職者が出ると、その分の配送業務は残ったドライバーに割り振られがちです。「辞められると困るから無理を言えない」状態が続けば、疲労やストレスのサインに会社側が気づきにくくなり、結果としてさらなる離職を招く——という負のスパイラルに陥りかねません。ストレスチェックは、こうした負荷の偏りを数値として可視化し、早めに手を打つための手段の一つになります。
運送業特有の課題3点
1. 点呼・出庫時間帯のばらつきによる実施タイミングの難しさ
運送業は早朝出庫・深夜帰庫など、ドライバーによって勤務時間帯が大きく異なります。オフィスワークのように「全員が同じ時間に集まって一斉に回答する」という運用が難しく、点呼のタイミングに合わせて個別に声をかける必要があります。オンラインで回答できるストレスチェックツールを使い、スマートフォンから空いた時間に回答してもらう方式にすれば、出庫前後の慌ただしい時間でも対応しやすくなります。回答期限を1〜2週間程度に設定し、未回答者には点呼時に運行管理者から声をかけてもらう運用が現実的です。
2. 複数営業所・車庫がある場合の実施単位の数え方
複数の営業所や車庫を持つ運送会社では、「どの単位でストレスチェックの対象人数を数えるか」で迷うケースが少なくありません。ストレスチェックにおける「事業場」は、原則として場所的に独立し、組織的な関連性やある程度の規模を持つ単位ごとに数えます。同一敷地内にある本社と車庫であれば一つの事業場として扱われることが多い一方、地理的に離れた営業所は別の事業場として扱われる場合があります。営業所ごとの従業員数によって、現時点で努力義務なのか(50人未満)、既に実施義務があるのか(50人以上)が変わってくるため、まずは営業所単位での人数を正確に把握することが出発点になります。
3. 傭車・非常勤ドライバーの対象判定
運送業では、自社の車両を持たず他社に業務委託する「傭車」や、繁忙期だけ稼働する非常勤ドライバーを活用しているケースが多くあります。傭車ドライバーが個人事業主として請負契約を結んでいる場合、労働基準法上の「労働者」には該当せず、ストレスチェックの対象にはなりません。ただし、実態として運行管理者の指揮命令を受け、時間や場所を拘束されて働いている場合は、契約形態にかかわらず労働者性が認められることがあります。名目上は業務委託でも実態が雇用に近い運用になっていないか、定期的に点検しておくことが大切です。非常勤・日雇いドライバーについては、雇用期間が1年以上見込まれるか、週の労働時間が通常の労働者の4分の3以上かといった要件に照らして、対象者リストを都度更新する必要があります。
50人未満事業場が実施する際の実務ステップ
小規模事業場向けストレスチェック実施マニュアル(2026年2月公表)を踏まえ、50人未満の運送会社が準備すべき流れは次のとおりです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① 対象ドライバーの洗い出し | 直用の常用ドライバーと傭車・業務委託ドライバーを切り分け、自社が実施義務を負う対象者を確定する |
| ② 実施体制の整備 | 産業医が不在の場合が多いため、外部委託サービスや全日本トラック協会の相談窓口などを活用する |
| ③ 実施時期・回答方法の決定 | 点呼・出庫の合間に回答できるよう、スマートフォンでのオンライン回答を基本にする |
| ④ 実施単位の確認 | 営業所・車庫が複数ある場合は、事業場ごとの対象人数を正確に集計する |
| ⑤ 高ストレス者への対応 | 面接指導の申出があった場合の相談先(産業医または委託先の医師)をあらかじめ確保しておく |
50人未満の事業場については、2029年3月31日までに初回の実施を完了させる経過措置が設けられています。ただし、猶予があるからといって後回しにすると、繁忙期の人員不足と重なって対応が後手に回りやすくなります。早めに対象者の洗い出しと委託先の確保を進めておくと安心です。
離職防止との接続
採用難が続く中、運送業にとってはドライバーの定着そのものが経営課題になっています。新規採用のコストと時間を考えれば、「今いるドライバーに辞められないこと」の重要性は年々高まっているといえます。ストレスチェックの集団分析結果は、特定の営業所や配車ルートに負荷が偏っていないかを確認する材料としても使えます。個人の高ストレス反応だけでなく、職場全体の傾向を把握し、配車の見直しや休憩の取りやすさの改善につなげることが、遠回りに見えて離職防止への近道になります。
FAQ:運送業のストレスチェックでよくある質問
Q1. 改善基準告示を守っていれば、ストレスチェックは実施しなくてよいのですか?
いいえ。改善基準告示は拘束時間や休息期間など労働時間に関する基準であり、ストレスチェックは労働安全衛生法に基づく別の制度です。労働時間管理を適正化していても、メンタルヘルス面のリスクは別途把握する必要があります。
Q2. 傭車の個人事業主ドライバーはストレスチェックの対象になりますか?
原則として対象外です。業務委託契約を結ぶ個人事業主は労働基準法上の「労働者」に該当しないためです。ただし、実態として運行管理者の指揮命令を受け、時間・場所を拘束されて働いている場合は、労働者性が認められることがあるため、契約形態だけで機械的に判断しないことが重要です。
Q3. 複数の営業所・車庫がある場合、実施単位はどう数えればよいですか?
原則として、場所的に独立し組織的な関連性を持つ営業所・車庫ごとに「事業場」として人数を数えます。同一敷地内であれば一つの事業場として扱われることが多い一方、地理的に離れた営業所は別事業場として扱われる場合があります。判断に迷う場合は労働基準監督署や委託先の実施者に確認するとよいでしょう。
Q4. 産業医がいない運送会社はどう対応すればよいですか?
産業医が不在でも、外部委託サービスの保健師や医師を「実施者」として委託することでストレスチェックを実施できます。高ストレス者への面接指導についても、委託先の医師に対応を依頼できるサービスを選んでおくと安心です。
Q5. ストレスチェックの費用はどれくらいかかりますか?
外部委託の場合、従業員1人あたり数百円〜1,500円程度が相場です。実施方法別の詳しい費用比較は外部委託と自社実施のコスト比較記事でも解説しています。
まとめ
運送業のストレスチェックは、点呼・出庫時間のばらつきや複数営業所の扱い、傭車ドライバーの労働者性判断など、他業種にはない論点を抱えています。しかし裏を返せば、これらは「誰が対象で、いつ・どう実施するか」を最初に整理してしまえば、あとはスマートフォンでの回答を軸にした運用で十分に対応できる課題でもあります。人手不足で既存ドライバー一人ひとりの負荷が増している今こそ、早めの一歩が離職防止にもつながります。
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