「ストレスチェックをやろうにも、まず誰が『実施者』になれるのか分からない」——50人未満の事業場で義務化への準備を始めた会社から、真っ先にぶつかる壁がこれです。外部委託の費用や調査票の中身以前に、そもそも実施者という役割自体が何を指すのか、誰がなれて誰がなれないのかが分かりにくいまま止まってしまうケースが少なくありません。この記事では、ストレスチェックの実施者の法令上の位置づけ、なれる資格、混同されがちな「実施事務従事者」との違い、そして50人未満の事業場が実際に実施者を確保する3つのルートと費用感を、厚生労働省の一次資料に基づいて整理します。
ストレスチェックの「実施者」とは何か
実施者とは、労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度において、調査票の選定、ストレスの程度の評価、高ストレス者の判定、面接指導の要否の判断など、制度の中核的な判断に関与する人のことです。厚生労働省の「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」(令和8年2月)でも、実施者は「調査票の選定、高ストレス者の評価方法の決定、ストレスチェック結果に基づき医師の面接指導の要否の判断等に関与」する立場として定義されています。
ここでのポイントは、実施者は単なる事務作業の担当者ではなく、労働者の健康情報という機微な個人情報を扱いながら専門的な判断を行う役割だということです。だからこそ、誰でもなれるわけではなく、法令で資格が限定されています。
実施者になれる人・なれない人
実施者になれるのは、次のいずれかの資格を持つ人です。
| 資格 | 研修の要否 |
|---|---|
| 医師 | 不要(産業医に限らない) |
| 保健師 | 不要 |
| 歯科医師 | 厚生労働大臣が定める研修の修了が必要 |
| 看護師 | 厚生労働大臣が定める研修の修了が必要 |
| 精神保健福祉士 | 厚生労働大臣が定める研修の修了が必要 |
| 公認心理師 | 厚生労働大臣が定める研修の修了が必要 |
医師と保健師は研修なしでそのまま実施者になれますが、歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師は所定の研修を修了していることが条件です。逆に言えば、社内に産業医がいなくても、これらの資格を持つ人が確保できれば実施者の要件は満たせます。
一方でよくある誤解が「人事・総務の担当者が資格を取れば実施者になれる」という考え方です。これは成り立ちません。実施者になるには前述の国家資格等が前提であり、資格を持たない人事担当者がどれだけ研修を受けても実施者にはなれないためです。
「実施事務従事者」との違い
実施者とセットでよく出てくるのが「実施事務従事者」です。この2つは役割がまったく異なるにもかかわらず混同されやすいので、表で整理します。
| 実施者 | 実施事務従事者 | |
|---|---|---|
| 主な役割 | 調査票の選定、評価方法の決定、高ストレス者・面接指導要否の判断 | 調査票の回収、データ入力、結果の記録保存、面接指導の申出勧奨などの事務 |
| 必要な資格 | 医師・保健師、または研修修了の歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師 | 特別な資格は不要 |
| 業務の位置づけ | 実施者本人が専門的判断を行う | 実施者の指示のもとで事務を代行する |
| 守秘義務 | あり(違反した場合の罰則あり) | あり(違反した場合の罰則あり) |
| 人事権を持つ人 | なれない | なれない |
実施事務従事者に資格は要りませんが、実施者の指示のもとで個人の健康情報を直接取り扱う立場である以上、実施者と同じく罰則付きの守秘義務が課されます。「資格がいらないなら総務の誰にでも任せられる」というわけではない点に注意してください。
人事・総務担当者が実施者や実施事務従事者になれない理由
厚労省のマニュアルは、人事に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者、具体的には社長や人事部長など、採用・異動・評価・解雇といった人事権を持つ人は、実施者にも実施事務従事者にもなれないと明記しています。理由はシンプルで、ストレスチェックの結果が人事評価や処遇に使われるのではないかという不安を労働者に抱かせてしまうと、正直に回答してもらえなくなり、制度そのものが機能しなくなるためです。
ここで実務上つまずきやすいのが、「では総務担当者は一切関われないのか」という点です。答えは条件付きで「関われる」です。マニュアルは、外部委託する場合に社内側の窓口となる「実務担当者」——委託先との連絡調整や実施計画の策定を担う役割——については、労働者の健康情報を直接取り扱わないため、人事に対して直接の権限を持つ監督的地位にある者を指名することも可能だとしています。つまり、次の3つの役割は明確に分けて考える必要があります。
- 実施者:資格保有者のみ。委託する場合は委託先の医師・保健師等が務める
- 実施事務従事者:資格不要だが人事権保有者は不可。委託する場合は委託先側で選任される
- 実務担当者(社内窓口):健康情報を扱わないため人事権保有者でも可。委託先との連絡調整が主な仕事
50人未満の小規模事業場では、この3つを混同したまま「うちは総務部長がいるから大丈夫」と考えてしまうケースが見受けられます。総務部長が担えるのはあくまで社内の実務担当者としての役割であり、実施者や実施事務従事者にはなれない、という区別を最初に押さえておくことが重要です。
50人未満の事業場が実施者を確保する3つのルート
社内に有資格者がいない場合、50人未満の事業場が実施者を確保する現実的な方法は主に3つあります。
①地域産業保健センター(地さんぽ)
独立行政法人労働者健康安全機構が運営する地域産業保健センター(通称「地さんぽ」)は、全国350か所(概ね労働基準監督署単位)に設置され、労働者数50人未満の小規模事業場を優先して、医師による面接指導などの産業保健サービスを無料で提供しています。
ただし注意が必要な点があります。厚労省のマニュアルは「地産保では、ストレスチェック自体は実施していません。また、事業者がストレスチェックの実施者を地産保の登録産業医に依頼することもできません」と明記しています。つまり地さんぽが無料で担ってくれるのは、あくまで高ストレス者への面接指導の部分であり、ストレスチェックそのものの実施者にはなってもらえません。ストレスチェックの実施は別ルートで確保し、面接指導だけを地さんぽに依頼する、という組み合わせが実際の使い方になります。
②嘱託産業医・外部の医師と契約する
地域の医療機関や産業医紹介サービスを通じて、外部の医師と嘱託契約を結ぶ方法です。相場は月2〜5万円(年間24〜60万円)で、面接指導まで含めて手厚く任せられるのがメリットですが、コストは3つのルートの中で最も高くなります。
③外部委託サービス(実施者込みのプラン)を使う
ドクタートラストやマイナビEAPなどのEAP事業者に、実施者の手配込みでまるごと委託する方法です。相場は1人あたり年間500〜3,000円で、実施者の確保・調査票の配布回収・集計・高ストレス者の判定までを一括で任せられます。50人未満の中小企業では、「実施者がいないから委託する」という使い方が実際には最も多いパターンです。
費用感の整理
3つのルートを組み合わせたときの費用感は次のとおりです。
| 組み合わせ | 実施者の確保方法 | 年間費用の目安 |
|---|---|---|
| 外部委託のみで完結 | 委託先の医師・保健師等 | 1人あたり500〜3,000円 |
| 産業医契約+自社でツール運用 | 嘱託医師 | 24万〜60万円(従業員数に関わらず定額) |
| 地さんぽ(面接指導のみ)+無料クラウドツール | ストレスチェック自体の実施者は別途確保が必要 | 面接指導は0円、実施者確保コストのみ |
無料のクラウドツールはあくまでシステム利用料を0円にできるだけで、実施者そのものを提供するわけではない点は忘れないでください。この整理はストレスチェック費用比較ガイドでも詳しく扱っているので、実施方法ごとの総額をシミュレーションしたい方はあわせて参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 社長やオーナーが実施者になれますか?
医師や保健師などの資格を持っていれば理論上は可能ですが、人事に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者は実施者になれないため、多くの中小企業の社長・オーナーは実施者にはなれません。外部の有資格者に依頼する必要があります。
Q2. 産業医がいなくても実施者を確保できますか?
できます。実施者になれるのは医師に限らず、保健師や、所定の研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師も対象です。産業医契約以外に、外部委託サービスの利用という選択肢もあります。詳しくは産業医がいない会社のストレスチェック対応でも解説しています。
Q3. 地さんぽに実施者を依頼できますか?
依頼できません。地さんぽが無料で提供するのは高ストレス者への医師の面接指導であり、ストレスチェックの実施者を地さんぽの登録産業医に依頼することはできないと厚労省のマニュアルに明記されています。ストレスチェック自体の実施者は別途確保する必要があります。
Q4. 実施事務従事者に資格は必要ですか?
不要です。ただし、人事に関して直接の権限を持つ監督的地位にある人はなれず、また労働者の健康情報を扱う立場として罰則付きの守秘義務が課されます。「資格が要らないから誰でもいい」わけではない点に注意してください。
Q5. 実施者と実施事務従事者を、両方とも社内の人で用意できますか?
制度上は可能ですが、厚労省のマニュアルは、労働者数50人未満の事業場ではプライバシー保護の観点から外部委託を推奨しています。社内で完結させる場合は、健康情報の保管方法や結果通知の運用について、外部委託以上に厳格な体制整備が必要になります。
まとめ——最初の一歩は「誰が実施者になるか」の整理から
ここまでの要点を整理します。
- 実施者になれるのは、医師・保健師、または所定の研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師のみ
- 実施事務従事者に資格は不要だが、人事権を持つ人はどちらにもなれない
- 委託先との連絡調整だけを担う「実務担当者」は、健康情報を扱わないため人事権保有者でも担当できる
- 50人未満の事業場では、地さんぽ(面接指導のみ無料)、嘱託産業医(月2〜5万円)、外部委託(1人500〜3,000円/年)の3ルートを組み合わせて実施者を確保するのが現実的
2028年4月1日の義務化拡大に向けて、まず整理すべきは調査票の中身や費用よりも「誰が実施者になるか」です。ここが決まらないと先に進めません。
Smart Stress Checkは、中小企業がストレスチェックを無理なく運用できるように設計した無料のクラウドツールです。ツール自体は実施者を提供するものではないため、外部委託や地さんぽの活用と組み合わせて使う形になりますが、調査票の配布・回収・集計にかかる工数は大きく減らせます。実施体制の全体像はストレスチェック義務化完全ガイドでも確認できるので、あわせてご覧のうえ、まずは無料登録から検討してみてください。
参考にした主な一次情報
- 厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」(令和8年2月)
- 厚生労働省「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事業場における法令上の判断については、所轄の労働基準監督署、産業保健総合支援センター、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。