「ストレスチェックをやったけれど、結果が本人にしか届かないなら会社は何をすればいいのか」——これは中小企業の人事・総務担当者から本当によく聞く疑問です。答えは「集団分析」にあります。個人のストレスチェック結果は本人の同意なく会社が見ることはできませんが、個人が特定されない形に集計した集団分析結果は、事業者が受け取って職場改善に使うことができる唯一の分析結果です。厚生労働省も、ストレスチェック制度を「検査だけでなく、集団分析・職場環境改善まで含めた一体的な仕組み」と明確に位置づけています。
一方で、従業員数十人規模の会社では「うちの部署は5人しかいないが分析できるのか」「結果をどこまで社内で共有していいのか」といった実務上の壁にぶつかりがちです。この記事では、集団分析の法的な位置づけ、2027年4月に施行される省令改正、そして中小企業が最もつまずきやすい「10人未満ルール」の乗り越え方までを、厚労省の一次資料をもとに整理します。
集団分析とは何か——個人結果との決定的な違い
集団分析とは、ストレスチェックの個人結果を、部署・職種・年代などの一定規模の集団ごとに集計・分析することです。正式には労働安全衛生規則第52条の14に「検査結果の集団ごとの分析等」として規定されています。
個人結果と集団分析結果では、会社の関わり方がまったく違います。
| 個人のストレスチェック結果 | 集団分析結果 | |
|---|---|---|
| 誰に通知されるか | 労働者本人に直接 | 事業者(会社)に提供される |
| 会社が入手するには | 本人の事前同意が必要 | 同意不要(個人が特定されない形のため) |
| 主な目的 | 本人のセルフケア・気づき | 職場環境の改善 |
| 法令上の扱い | 実施が義務(2028年4月から全事業場) | 事業場規模を問わず努力義務 |
| 保存 | 実施者・実施事務従事者が保存 | 事業者が5年間保存することが望ましい |
ここが制度理解の分かれ目です。会社は個人の高ストレス判定を勝手に見ることはできませんが、「営業部の仕事の量的負担が突出して高い」「製造2課で上司の支援が低い」といった集団レベルの傾向は堂々と受け取って手を打てる。これがストレスチェックを「やりっぱなし」で終わらせないための鍵になります。
なお、集団分析ができるのは調査票の設計次第でもあります。国が推奨する職業性ストレス簡易調査票(57項目)であれば標準的な分析手法が使えますが、簡略版の23項目では集団分析が詳細にできない点に留意が必要だと厚労省のマニュアルは明記しています。調査票の中身についてはストレスチェックの57項目とは?質問内容と回答のポイントも参考にしてください。
集団分析は義務なのか——努力義務と2027年4月の省令改正
結論から言うと、集団分析および職場環境改善は、事業場規模にかかわらず努力義務です。ストレスチェックの実施そのものが2028年4月1日から50人未満の事業場にも義務化されるのとは、扱いが異なります。
ただし「努力義務だからやらなくていい」と読むのは制度の趣旨から外れます。厚労省は「事業者は職場環境におけるストレスの有無及びその原因を把握し、できるだけ実施することが望ましい」としており、実施マニュアルでも集団分析・職場環境改善を制度の中核として扱っています。
2027年4月1日施行の省令改正で何が変わるか
2026年6月30日、労働安全衛生規則の一部を改正する省令(令和8年厚生労働省令第112号)が公布されました。施行は2027年4月1日です。
改正内容は、第52条の14第1項に「特定の個人を識別することができない方法で」という文言を追加するというもの。改正後の条文はこうなります。
第52条の14 事業者は、検査を行つた場合は、当該検査を行つた医師等に、当該検査の結果を当該事業場の当該部署に所属する労働者の集団その他の一定規模の集団ごとに、特定の個人を識別することができない方法で、集計させ、その結果について分析させるよう努めなければならない。
厚労省の通達(令和8年6月30日付け基発0630第2号)は、これは「個々の労働者が特定できないことを前提とする従来の解釈を明文化した趣旨」であり、従来の運用に変更を加えるものではないと説明しています。つまり、これまで適切に運用してきた会社が新たに何かを追加する必要はありません。
一方で見過ごせないのは、同通達が「特定の個人が識別可能な方法により集団分析を行うことは、集団分析の実施の努力義務を履行したことにならないことはもとより、労働者のプライバシー保護の観点から許容されない」と明記した点です。少人数の部署を無理に分析してしまうケースは、努力義務の達成どころか、そもそも許されない扱いになります。
義務化スケジュール全体についてはストレスチェック義務化の完全ガイドで整理しています。
中小企業最大の壁「10人未満ルール」をどう乗り越えるか
集団分析で中小企業がほぼ確実にぶつかるのが、この人数の壁です。
厚労省の指針・マニュアルでは、集計・分析の単位が10人を下回る場合、個人が特定されるおそれがあるため、原則として集団分析を実施してはいけない(事業者は結果の提供を受けてはいけない)とされています。
ここで重要な注意点が2つあります。
1つ目:「10人」は在籍者数ではなく受検者数で数える。 厚労省の小規模事業場向けマニュアルは、下限人数の10人は「在籍労働者数ではなく、実際の受検者数(有効なデータ数)でカウントする必要があります」と明記しています。12人の部署でも受検者が8人なら、その単位では分析できません。ここを勘違いしたまま集計を発注すると、後で結果が出せないと言われることになります。
2つ目:10人未満でも、方法を選べば分析できる場合がある。 厚労省のリーフレット(2026年7月)は、10人を下回る場合でも個人が特定されるおそれのない方法として、次の2つを例示しています。
- 調査票の全57項目の合計点について、集団の平均値を求める方法
- 「仕事のストレス判定図」を用いて分析する方法
ただし「これらの方法であっても、極端に少人数の場合は個人の特定につながるため不適切」との但し書きが付いています。3人の部署で平均値を出せば、社内の人間関係が近い中小企業ではほぼ誰の回答か想像がついてしまう——という現実的な指摘です。
実務での現実的な対処法
| 状況 | 対処のしかた |
|---|---|
| 課が10人未満 | 同じ部門に属する他の課と合算して集計する(厚労省Q&Aの原則) |
| 事業場全体が数十人 | 部署別に割らず、まず事業場単位で1つの集団として分析する |
| 事業場自体が10人未満 | 会社全体、または複数拠点をまとめて10人以上の集団を構成する |
| 部署別に見たいが人数が足りない | 職種別・年代別・雇用形態別など、別の切り口で10人以上の集団を作る |
厚労省も「特に、事業場自体が小規模の場合には、10人以上のより大きな集団を構成するよう工夫した上で、集団分析を実施するようにしてください」と呼びかけています。
さらに、商工会や協同組合に所属する企業(業界団体所属型)、工業団地・商店街などで地域的にまとまっている企業(地域集積型)については、ストレスチェックや集団分析を複数社で共同実施するという選択肢も示されています。契約事務の集約によるコスト面のメリットに加え、集団分析のための母数を確保できるという実務上の利点があります。加盟している団体があれば、共同実施の可否を一度確認してみる価値はあります。
仕事のストレス判定図の読み方——「健康リスク120」は何を意味するか
集団分析の結果として最も広く使われるのが「仕事のストレス判定図」です。厚労省のマニュアルでも、57項目または23項目の調査票を使う場合はこの判定図によることが適当とされています。
判定図は2枚1組で構成されます。
- 量-コントロール判定図:「仕事の量的負担」と「仕事のコントロール(裁量権)」の2軸。仕事量が多く裁量が小さいほどストレスが高いと判定される
- 職場の支援判定図:「上司の支援」と「同僚の支援」の2軸。支援が薄いほどストレスが高いと判定される
それぞれの図に斜めの線が引かれており、そこから読み取るのが健康リスクという指標です。全国標準集団の平均を100として表され、たとえば総合健康リスクが120であれば、標準的な職場と比べてメンタルヘルス不調が生じる可能性が約20%高い状態にあることを示します。
読むときのポイントは3つです。
- 絶対値より相対比較:他部署との差、前年との差に注目する。単年度の数値だけで良し悪しを断じない
- 2枚をセットで見る:仕事量が多くても上司・同僚の支援が厚ければリスクは下がる。逆に、量を減らせなくても支援の改善で打てる手がある
- 経年変化を追う:厚労省も集団分析結果は事業者が5年間保存することが望ましいとしています。改善施策の効果は翌年以降の判定図で検証する
なお、判定図の作成・提供は多くの場合、外部委託先のサービスに含まれます。ただし標準サービスかオプション(別料金)かは業者によって差が大きいため、契約前の確認が必要です。費用感は外部委託 vs 自社実施の費用比較にまとめています。
集団分析を職場改善につなげた中小企業の実例
「分析結果は出たが、そこから何をすればいいか分からない」という声も多く聞きます。厚労省の小規模事業場向けマニュアルには、中小規模の事業場の取組事例が具体的に紹介されています。
| 事業場 | 分析結果から見えた課題 | 実施した改善 |
|---|---|---|
| 鉱業・約25名 | 「職場環境によるストレス」の数値が高い年があった | 現場を確認したところ夏場の高温が負担と判明。スポットクーラーを新設 |
| 製造業・75名 | 身体的負担と職場環境(騒音・照明・温度・換気)が高ストレス要因 | 屋根・外壁への遮熱塗装(5か年計画)、水銀灯103基をLEDに交換、冷暖房設備の導入 |
| 技術サービス業・約110名 | 業務の量・質によるストレス負荷が高い | 長時間労働が要因と特定し、各グループで業務効率化を検討・実施 |
| 製造業・部署26名 | 同僚のサポート得点が低い | 従業員参加型の話し合いを実施。ホワイトボードでの情報周知、他チームとの情報交換会を開始。職場の一体感が上昇 |
注目したいのは、メンタルヘルス施策というより設備投資や業務改善そのものになっているケースが多いことです。「心のケア」と身構えるとハードルが上がりますが、実際には暑さ対策や照明の改善、情報共有の仕組みづくりといった、経営として元々やる価値のある施策が答えになることが少なくありません。
集団分析を職場改善につなげる際は、分析結果だけで判断せず、管理監督者が日常の職場管理で得ている情報や、従業員から直接聴いた意見も合わせて検討することが望ましいとされています。数値はあくまで「どこを見に行くか」を教えてくれる地図です。
経営インパクトの面でも無視できません。厚労省は、メンタルヘルス不調による病休期間は平均で約3か月、復職後に再び病休になる割合は約半数と示しています。人員に余裕のない中小企業にとって、1人の長期離脱が事業に与える影響は大企業の比ではありません。
よくある質問(FAQ)
Q1. 集団分析結果を全社員に公開してもいいですか?
法令上の一律の決まりはなく、社内ルールで定めることになります。厚労省のモデル規程では「実施者から提供された集計・分析結果は、人事労務部門で保有する」とされており、まずは人事労務部門と経営層が受け取り、改善に必要な範囲で管理監督者に共有するという設計が一般的です。ただし全社への共有そのものが禁じられているわけではなく、職場環境改善を従業員参加型で進める場合はむしろ共有が有効なこともあります。いずれの場合も、公開範囲は事前に社内ルールとして決め、従業員に周知しておくことが重要です。
Q2. 受検率が低くて10人に届きません。受検を義務づけてもいいですか?
受検の義務づけは避けるべきです。ストレスチェックは労働者に受検義務が課されていない制度であり、就業規則で受検を義務づけて受けない人を懲戒処分するようなことは、法の趣旨に照らして行ってはならないと明記されています。できるのは「勧奨」までで、それも業務命令のような強要にならないよう留意が必要です。受検率を上げたいなら、業務時間内に受検できる配慮、結果が会社に伝わらない仕組みの丁寧な説明、外部委託による安心感の担保といった環境整備のほうが効果的です。
Q3. 集団分析は外部委託と自社実施のどちらがいいですか?
50人未満の事業場については、厚労省は原則として外部委託を推奨しています。外部機関が集計・分析する場合は「10人未満は非表示」といった個人特定を防ぐ措置が自動的に講じられますが、自社で集計する場合は実施事務従事者を社内で選任し、守秘義務の徹底と個人特定を防ぐ運用を自力で担保しなければなりません。小規模事業場では社内の人間関係が近いぶん個人特定のリスクが高く、「社内で管理していること自体」への従業員の不安も生じやすいと指摘されています。詳しくは産業医がいない会社のストレスチェック対応もご覧ください。
Q4. 集団分析の結果、特定の部署が悪かった場合、その部署の管理職を評価で不利に扱ってもいいですか?
してはいけません。ストレスチェック制度における不利益取扱いの禁止は、制度の信頼性を支える根幹です。集団分析結果が管理職の人事評価に直結する運用が知られれば、現場は「悪い数字を出さないように」動くようになり、分析そのものが機能しなくなります。集団分析は責任追及ではなく、職場のボトルネックを見つけるための道具として位置づけてください。厚労省のマニュアルも、面接指導の結果を踏まえた対応について「経営改善に向けた組織のボトルネックへの気づきとして捉えることが重要」としています。
Q5. 集団分析結果はいつまで保存すればいいですか?
法令上の保存義務ではありませんが、厚労省は経年変化をみて職場のストレス状況を把握・分析することが重要であることから、事業者が5年間保存することが望ましいとしています。面接指導結果の記録は5年間の保存が義務づけられているため、あわせて管理すると運用がシンプルになります。
Q6. 相談できる無料の窓口はありますか?
あります。都道府県ごとに設置されている産業保健総合支援センターでは、社労士・心理職・保健師といった専門スタッフによる研修、相談、事業場訪問による制度導入支援を無料で受けられます。また厚労省のストレスチェック制度サポートダイヤル(0570-031050/平日10:00〜17:00、土日祝・年末年始を除く)では、制度の導入・実施についての相談に専門スタッフが対応しています。ポータルサイト「こころの耳」にも、集団分析の見方や職場環境改善の進め方の研修動画が公開されています。
まとめ——集団分析は「やらされる作業」ではなく経営の情報源
ここまでの要点を整理します。
- 集団分析は、会社が受け取って職場改善に使える唯一の分析結果。事業場規模を問わず努力義務
- 2027年4月1日施行の省令改正で「特定の個人を識別することができない方法で」が条文に明記される。従来の運用の明文化であり、新たな作業は不要
- 集計単位が受検者10人未満の場合は原則として実施しない。合算・共同実施・別の切り口での集団構成で母数を確保する
- 仕事のストレス判定図は、健康リスク100を基準に他部署・前年と比較して読む
- 改善策は特別なメンタルヘルス施策である必要はない。暑さ対策や情報共有の仕組みなど、経営として妥当な打ち手が答えになることが多い
2028年4月1日には50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化されます。そのとき「とりあえず実施した」で終わるか、集団分析まで含めて職場改善の情報源として使えるかで、制度から得られるものは大きく変わります。
Smart Stress Checkは、中小企業がストレスチェックの実施から集団分析・法定報告書の作成までを無理なく回せるように設計した無料サービスです。この記事で触れた10人未満ルールについても、受検者が10名未満の部署は集計結果が自動的に非表示になる仕様にしています。まずは自社の体制でどこまでできるかを確かめたい方は、無料登録から実際の画面を試してみてください。
参考にした主な一次情報
- 厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」(令和8年2月)
- 厚生労働省リーフレット「ストレスチェックの『集団分析』を適切に実施しましょう!」(2026年7月)
- 労働安全衛生規則の一部を改正する省令(令和8年厚生労働省令第112号)/令和8年6月30日付け基発0630第2号
- 労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(平成27年5月、平成28年4月改訂)
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事業場における法令上の判断については、所轄の労働基準監督署、産業保健総合支援センター、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。