「ストレスチェックの実施事務従事者って、うちの誰にやらせればいいんだろう」——実施者(医師や保健師)の確保にめどが立った後、次にぶつかるのがこの疑問です。資格は要らないと聞いたので総務担当者にそのまま任せようとしたら、実はその人が人事権を持っていて選任できない、というケースが中小企業では珍しくありません。この記事では、実施事務従事者が具体的に何をする人か、実施者との違い、人事権を持つ人がなれない理由、守秘義務の中身、そして社長や総務部長しか実務ができる人がいない会社の対応策を、厚生労働省の一次資料に基づいて整理します。
実施事務従事者とは何をする人か
実施事務従事者とは、実施者の指示のもとでストレスチェックに関する事務作業を担う人のことです。厚生労働省の「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」では、実施者が行う「調査票の選定」「ストレスの程度の評価」「高ストレス者の判定」「面接指導の要否の判断」といった専門的な判断業務とは別に、実務的な事務作業を担う立場として位置づけられています。
具体的な業務は次のようなものです。
| 業務 | 内容 |
|---|---|
| 調査票の配布 | 対象者への調査票(紙またはWeb)の配布・回収案内 |
| 調査票の回収 | 記入済み調査票の回収、未回答者へのリマインド |
| データ入力・集計 | 回答内容のシステムへの入力、実施者への集計データの受け渡し |
| 結果の封入・送付 | 個人結果通知書の封入・送付、本人への到達確認 |
| 高ストレス者への案内 | 実施者の判定結果に基づく面接指導の案内(本人の同意を前提に) |
いずれも「判断」ではなく「作業」である点がポイントです。誰が高ストレス者に該当するかを決めるのは実施者の役割であり、実施事務従事者はその決定に基づいて事務を進める立場にとどまります。
「実施者」との違いを整理する
実施者と実施事務従事者は名前が似ているため混同されがちですが、資格要件と担当業務の範囲が明確に異なります。
| 項目 | 実施者 | 実施事務従事者 |
|---|---|---|
| 資格要件 | 医師・保健師、または所定の研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師 | 資格不要 |
| 担当業務 | 調査票の選定、ストレス程度の評価、高ストレス者の判定、面接指導要否の判断 | 調査票の配布・回収、データ入力、結果の送付などの事務作業 |
| 人事権保有者の可否 | 不可 | 不可 |
| 外部委託の可否 | 可能 | 可能 |
| 守秘義務 | あり(安衛法第104条) | あり(安衛法第104条) |
資格要件の有無が最大の違いですが、「人事権を持つ人はなれない」という制約と「守秘義務が課される」という点は両者に共通しています。ここを見落として、資格が不要だからと安易に人選してしまうのが実務上のつまずきどころです。実施者側の資格要件や確保方法についてはストレスチェックの実施者とは?資格要件と確保方法で詳しく解説しています。
誰が実施事務従事者になれるか——資格は不要、ただし選任には制約がある
実施事務従事者には、実施者の選定で求められるような国家資格等は一切必要ありません。社内の従業員であれば、総務・人事以外の部署の担当者や、事務職の従業員から適任者を選ぶことができます。また、外部の機関に事務作業自体を委託することも可能です。
ただし「資格が不要=誰でもいい」ではありません。次のセクションで説明する人事権の制約は、資格の有無にかかわらず適用される絶対的な条件です。
人事権を持つ者は実施事務従事者になれない
これが実施事務従事者の選任における最も重要なルールです。厚生労働省のマニュアルでは、「解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者は、検査の実施の事務に従事してはならない」とされています。
この制約が設けられている理由は、ストレスチェックの結果という機微な健康情報を、人事上の処遇を決められる立場の人が扱うと、たとえ本人にその意図がなくても、結果を理由にした不利益な取扱いにつながりかねないためです。労働者が「正直に回答すると人事評価に響くのではないか」と警戒すれば、調査票への回答そのものが形骸化してしまいます。制度の実効性を保つための予防的なルールだと理解しておくとよいでしょう。
中小企業で実際に問題になりやすいのは、次のようなケースです。
- 総務部長が採用・異動の決裁権を持っている会社で、その総務部長がそのまま実施事務従事者を兼務しようとする
- 社長が実質的に全社員の人事権を握っている小規模企業で、社長自身が事務作業まで担おうとする
- 「うちは総務が2人しかいないから」という理由で、人事考課に関与する担当者に任せてしまう
いずれも、担当者本人に悪意がなくても制度上認められません。誰が「解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者」に該当するかは、役職名だけでなく実質的な決裁権限で判断されるため、迷う場合は判断を先送りにせず、次のセクションの対応策を検討してください。
社長や総務部長が兼務している会社はどうすればよいか
従業員数が少ない会社ほど、事務作業を任せられる人材自体が限られており、人事権を持つ社長や総務部長以外に適任者がいないという状況が起こりやすくなります。主な選択肢は次の3つです。
- 外部委託を利用する ストレスチェックの実施事務そのものを外部の実施機関やサービスに委託する方法です。人事権の制約を根本的に回避でき、50人未満の事業場では厚労省のマニュアルでも推奨されている選択肢です。
- 部署内で役割を分離する 人事権を持たない一般職の従業員に事務作業を担当させ、人事権を持つ管理職は選定・方針決定のみに関わる形に整理します。数名規模の会社でも、経理担当や事務職の従業員が人事権を持たなければ選任可能です。
- 実施者側に事務作業まで依頼する 実施者を外部委託している場合、実施者側のサービスに事務作業まで含めて依頼できるケースがあります。契約内容を確認してみる価値があります。
いずれの方法を選ぶ場合も、「誰が人事権を持つか」を曖昧にしたまま進めないことが重要です。特に従業員数十人規模の会社では、総務担当が1人しかおらずその人が採用面接にも関わっている、といった構造上の問題が起きやすいため、義務化のタイミングを機に役割分担そのものを見直すことをおすすめします。
守秘義務(安衛法第104条)と違反した場合の位置づけ
実施事務従事者には、労働安全衛生法第104条に基づく守秘義務が課されます。ストレスチェックの実施事務を通じて知り得た労働者の秘密を、正当な理由なく他に漏らしてはなりません。この義務は実施者と同様に重く、同法第119条第1項では違反した場合に6か月以下の懲役または50万円以下の罰金という罰則が定められています(懲役刑の呼称は法改正により拘禁刑に一本化されていますが、罰則が設けられていること自体は変わりません)。
注意が必要なのは、守秘義務の対象が「外部への漏洩」だけに限らないという点です。厚労省のマニュアルでは、実施の事務に関与していない所属部署の上司などから指示を受けて秘密を漏らすことも許されないとされています。つまり、社内の別の管理職から「〇〇さんの結果はどうだった」と聞かれても、業務上正当な理由がなければ答えてはならないということです。また、実施事務を通じて知り得た情報を、実施事務と関係のない業務(人事評価や配置転換の検討など)に転用することも禁止されています。
事業者は、人事を担当する職員を実施事務従事者に従事させる場合には、この守秘義務の内容と、関与していない上司等の指示であっても秘密を漏らしてはならない旨を、あらかじめ本人に周知させる義務があります。選任時に口頭で伝えるだけでなく、社内規程や誓約書といった形で明文化しておくと、後々のトラブルを避けやすくなります。なお、実施事務従事者が扱う個人結果は法令上5年間の保存が求められており、保存の主体や方法についてはストレスチェック結果の保存期間は5年|誰が・どこに・どう保管するかにまとめています。
選任の記録はどう残すか
実施事務従事者の選任は、口頭の指示だけで済ませず、記録として残しておくことが望まれます。具体的には次のような形が一般的です。
- ストレスチェック実施規程への記載 誰が実施者で誰が実施事務従事者かを、社内の実施規程に明記する。実施規程の記載事項やひな形の作り方はストレスチェック実施規程とは?記載事項とひな形の作り方【50人未満向け】で解説しています
- 衛生委員会での審議・報告 実施体制について衛生委員会(または50人未満で衛生委員会がない場合は労働者の意見聴取の場)で共有し、議事録に残す
- 委嘱書・辞令の発行 実施事務従事者に選任したことが分かる書面を作成し、本人に交付する
これらの記録は、労働基準監督署への説明や、万が一トラブルが起きた際の説明責任を果たす上でも重要です。特に外部委託を使わず社内で完結させる場合は、記録が薄いと「誰が適切に選任されたか」が後から検証しづらくなるため、義務化への対応を機に整えておくとよいでしょう。
50人未満の事業場で2028年4月に向けて今から決めておくこと
2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、2028年4月1日から常時50人未満の労働者を使用する事業場にもストレスチェックの実施が義務付けられます。対象は事業場単位で判定されるため、本社は50人以上でも支店や店舗が50人未満であれば、支店・店舗ごとに実施体制を整える必要があります。
義務化まで時間があるうちに決めておきたいのは、費用や調査票の中身以前に「誰が実施者で、誰が実施事務従事者か」という体制の骨格です。特に実施事務従事者については、人事権の有無という制約があるため、候補者を洗い出す段階で早めにつまずきが見つかることがあります。数名〜数十名規模の会社ほど、総務担当が1人しかいない、その人が採用にも関わっている、といった構造的な制約に直面しやすいため、義務化のタイミングを待たず、今のうちに候補者と役割分担を整理しておくことをおすすめします。
FAQ
Q1. 派遣社員がストレスチェックを受検した場合、その事務は誰が扱いますか?
派遣先の事業場が実施するストレスチェックの対象には、原則として派遣元の派遣社員本人が含まれます(一般健康診断とは扱いが異なる点に注意)。事務作業自体は、派遣先が選任した実施事務従事者が通常どおり担当します。ただし結果は本人の同意なく派遣元に共有できないため、取扱いに迷う場合は厚労省のマニュアルや社会保険労務士に確認することをおすすめします。
Q2. 産業医がいない会社でも実施事務従事者は選任できますか?
できます。実施事務従事者の選任と、実施者(産業医等)の確保は別の話です。産業医がいない場合の実施者確保の方法については産業医がいない会社のストレスチェック対応で解説しています。実施事務従事者は社内の資格不要の担当者、または外部委託のいずれかで確保できます。
Q3. 実施事務を外部委託した場合、責任の範囲はどうなりますか?
外部委託した場合でも、ストレスチェック制度全体を適正に実施する義務は事業者(会社)側に残ります。委託先が担うのはあくまで事務作業の実務であり、実施規程の整備や衛生委員会への報告といった事業者としての責任までは免除されません。委託契約の範囲を事前に確認しておくことが重要です。
Q4. 実施事務従事者は複数人でもよいですか?
問題ありません。調査票の配布担当とデータ入力担当を分けるなど、業務量に応じて複数人で分担することは可能です。その場合も、全員が人事権を持たないこと、全員に守秘義務が周知されていることが条件になります。
Q5. 実施事務従事者が守秘義務に違反した場合、会社の責任はどうなりますか?
守秘義務違反の罰則は実施事務従事者個人に科されるものですが、事業者には周知義務があるため、周知を怠っていた場合は事業者側の管理責任が問われる可能性があります。選任時の周知と、社内規程での明文化をセットで行っておくことがリスクの低減につながります。
まとめ——実施事務従事者選びは「資格」より「人事権の有無」
ここまでの要点を整理します。
- 実施事務従事者は、調査票の配布・回収・データ入力・結果送付などの事務作業を担う立場で、資格は不要
- 実施者との違いは資格要件の有無だが、人事権を持つ人がなれない点と守秘義務がある点は共通
- 「解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者」は実施事務従事者になれない
- 社長や総務部長しかいない小規模な会社は、外部委託・部署内での役割分離・実施者側への依頼のいずれかで対応する
- 守秘義務は安衛法第104条に基づき、違反には罰則がある。選任時に本人への周知と記録化が必要
- 2028年4月の50人未満義務化に向けて、費用や調査票の前に体制の骨格を早めに決めておく
Smart Stress Checkは、中小企業がストレスチェックを無理なく運用できるように設計した無料のクラウドツールです。調査票の配布から結果通知、集団分析、法定報告書の作成までをオンラインで完結できるため、実施事務従事者の業務にかかる工数を大きく減らせます。ツール自体が実施者を提供するものではない点は変わりませんが、体制づくりの全体像はストレスチェック義務化完全ガイドでも確認できますので、あわせて無料登録からご検討ください。
参考にした主な一次情報
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」
- 厚生労働省「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」
- 厚生労働省「改正労働安全衛生法(ストレスチェック50人未満義務化)」関連資料
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事業場における法令上の判断については、所轄の労働基準監督署、産業保健総合支援センター、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。